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[記事翻訳]日本が助けた韓流

日本が助けた韓流
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2016/03/13/2016031302017.html
イ・ハンス文化部次長
米国の韓国学研究者ジョン・ダンカンカリフォルニア州立大学(UCLA)教授を数年前にインタビューした時の記事に書かれていない部分がある。ダンカン教授は言った。 「西洋で韓国の達成を心から認めた時はいつなのかを知っている?1988年のソウル五輪?違う。2002年の日韓ワールドカップの時でした。西洋人は『サウスコリア(韓国)が日本と並んでワールドカップを開くほど発展したのですか?』と驚きました。」ダンカン教授は「西洋人が日本を基準とするのが苦くてもそれが事実だ」とした。

個人的な経験だが、日本が韓国の広報大使の役割を果たしていると感じたことがある。 2008年に早稲田大学で1年間研修した時に、米国・英国・フランスなどから来た西欧の留学生たちと一緒に講義を聞く機会があった。これらは最初は韓国についてよく知らなかった。南北を混同する人もいた。数ヶ月過ぎて変わった。韓国に関心を見せ始めた。

当時は日韓関係が最もよい時だった。日本のTVは連日韓関連のニュースを伝えた。韓国ドラマを放送していないチャンネルを見つけることは困難な程だった。有名芸能人が芸能番組に出て「韓国の化粧品いいんだご存知でしょう?これバルから韓国の女性たちがきれいなんです。ところが、価格が非常に値する」と大げさに震えた。西欧の留学生が韓国に関心を持たないのがむしろ不思議なことだった。 「韓国」と「北朝鮮」の違いもすぐ分かるようになった。

「韓流」がヨーロッパ地域に広まった初期には、日本徳た。日本のアニメやJPOPに陥っていたヨーロッパの若者たちが、日本の放送や雑誌を見て韓国関連のニュースに接した。ドラマ「冬のソナタ」でヨン様ブームになった時、ヨーロッパの日本マニアたちも韓国ドラマに関心を示し始めた。 KPOPがヨーロッパ地域に拡散したのも日本支援があった。

歌手BoAが日本でデビューした時、2001年だ。BoAは、翌年オリコンチャート(日本の歌謡順位)1位に上がり、年末歌謡祭であるNHK紅白歌合戦に6年連続で出場し、K-POPブームを導いた。日韓関係が凍結する直前の2011年には、東方神起・少女時代・KARAなどアイドルグループ3チームが紅白歌合戦のステージに立った。 2011年4月、フランスのパリでヨーロッパ大陸初のK-POP公演が行われた背景には、日本発の韓流ブームがあったことを否定するのは難しい。当時公演会場を訪れた1万4000人のヨーロッパの若者は、SUPER JUNIORと少女時代のダンスを踊って韓国語で歌を歌った。西洋での初の韓流ブームだった。

日本が近隣にあるという事実は、私たちに否定的であることが多かった。遠くは壬辰倭乱、近くには強制併合という侵略の歴史がある。しかし、日本が隣国であるという事実自体が、必ずしも否定的なものではない。日本は西欧世界が先進国として認めている唯一の東洋の国だ。韓国がその横にあるという事実は、地理的優位性になることがある。これをまともに活用することができているかは、最終的に私たちの能力にかかっている。

テーマ : K-POP
ジャンル : アイドル・芸能

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